わたしのEmacsは人の画面を覗くことで進化してきた

友人のmashが「more <a> tags in the terminal」という興味深い記事を書いている。[1]

記事の主旨であるOSC8についても、もちろん興味深いのだが、彼が冒頭に書いているような「人が他人の画面を覗きこんで受ける影響」についてふと考えてしまった。

素のEmacsを使っていた2004年

わたしがEmacsを使いはじめたのは、おそらく2004年のことだと思う。理由は単純で、当時入社した会社でごく一般的なエディタだったからだ。私はおそらくその会社で4人目のエンジニアだったと思うが、先輩3人のうち2人がEmacsを使っていた。

当時はEmacsを完全にデフォルトの状態で使っていた。思いかえすと、おそらく先輩たちも同様に素のEmacsを使っていたとおもう。エディタを「自分好みにハックする」という発想が、当時の私にはまだなかった。

miyagawaさんの操作に釘付けになった日

いまでも覚えているのだが、そんなわたしのEmacs観がガラリと変わる衝撃的な出来事があった。当時Perlの世界で世界的なハッカーとして知られていたmiyagawaさんとの出会いである。

当時、彼が開発していた「Plagger」というプロジェクトの開発にわたしも参加していた。YAPCのハッカソンだったか、Plagger専用のハッカソンだったか、詳細は定かではないが、とにかく彼とPCを並べて作業する機会に恵まれた。

その時、わたしは彼のEmacsの操作画面から目が離せなくなってしまった。

よくわからない見たことのない操作で、瞬時にバッファがきりかわり、ものすごい速さでコードが書き換えられていく。それはいままで知っている素のEmacsとはまったく別物だった。わたしは本来の目的であったはずのPlaggerの話などそっちのけで、ひたすらEmacsの質問をしつづけてしまったのを今でもよくおぼえているw

技術と影響の伝搬

上記の出来事を機に、わたしはEmacsのカスタマイズの沼にはまってしまった。あれこれと設定をいじり、自分の手に馴染む道具へと育てていく楽しみを知った。わたしは今ではEmacsにかぎらず日々使う道具としてのソフトウェアについてとてもこだわりがあるほうだと自分でも思っている[2]が、その起源もmiyagawaさんだと言ってよいだろう。

その後に出会ったのが、冒頭の記事を書いたmashだ。わたしがmiyagawaさんから影響を受けたように、彼がわたしから何かを感じ取っていたというのを知って、技術やハックの精神が伝播していくのは本当に面白いなあとあらためて思った。

ちなみに、わたしのEmacsカスタマイズの旅は他にもいろんな出会いがあった。mashのあとに、同僚としてimakadoという生粋のEmacsハッカーがやってきて、彼には数えきれないほどの便利なelispを書いてもらった。そして最近は@xenodiumの発信にめちゃくちゃ影響を受けており、また新たなカスタマイズの波が押し寄せているところだ。

おわりに

mashの記事をよみながら、自分がいかに多くのハッカーたちの影響を受け、彼らの設定や思想を継ぎ接ぎしながら現在の自分が作られてきたかを実感した。

現在はソーシャルメディアが普及し、この伝搬しやすさというのは当時とは比べものにならないほど高まったとはおもうが、依然として直接彼らの画面を覗き込むほどの衝撃をそこから受けるのはまだまだ難しいと思う。

最近では、わたしがポートランドへ引っ越したということもあり、ローカルにEmacsを使う友達が少ないという問題がある。Programming Rustの著者でもあるJimくらいしかEmacsを使う知り合いがいない。PDXでのEmacsコミュニティとかは存在するのだろうか?